耳骨胞とその周辺


 耳骨胞(auditory bulla)は哺乳類で新たに付け加わった構造であり(ローマー・パーソンズ, 1983),耳骨胞そのものとそれに覆われた鼓室は,哺乳類の進化を語る上で重要だと考えられている(茂原, 1983参照)。ここでは,いくつかの哺乳類の耳骨胞とその周辺の形態について紹介してみたい

ハリネズミ(Erinaceus)



 ヒトは耳骨胞(auditory bulla)が耳周骨(periotic)(岩骨(petrosal)の方が一般的かもしれない)のみによって構成される。これは,ヒトに限らず,霊長類の特徴でもある(茂原,1983参照)。全体ではなく部分的ということであれば,耳骨胞の構成に岩骨が関与する哺乳類は霊長類だけではない。実はハリネズミもそのような特徴を持つ(茂原,1983参照)。
 ハリネズミでは,底蝶形骨(basisphenoid)の一部が耳骨胞の内側面を作り,後方に耳周骨の一部が存在する。そて外側に比較的大きな鼓室骨(tympanic)がある。外耳孔から鼓室内をのぞくと,岬角(promontorium)が観察できる。岬角は耳周骨の一部で,岩骨が耳骨胞の後方に位置しているためか,岬角の位置がかなり後にあるように見える(残念ながら,この写真には写っていない)。
 耳骨胞周辺は神経や血管が出入りしており,そのための孔が見て取れる。たとえば,後破裂孔(posterior  lacerate foramen)(頚静脈孔(jugular foramen))が耳骨胞の内側後方に存在し,この孔のやや外側に茎乳突孔(stylomastoid foramen)がある。後破裂孔からは,脳神経では舌咽神経(glossopharyngeal),迷走神経(vagus),副神経(accessory)が,静脈では内頚静脈(internal jugular vein)が通過する。茎乳突孔は顔面神経(facial)が通る。
 ハリネズミでは,内頚動脈(internal carotid artery)は岬角動脈(promontory artery)とアブミ骨動脈(stapedial artery)に分岐して脳に向かって進む。この写真からも内頚動脈の通る溝がはっきり分かる。アブミ骨動脈はアブミ骨(stapes)を貫くため,ハリネズミではアブミ骨の穴がかなり大きい。

ローマ-, A. S. and パーソンズ, T. S. 1983. 脊椎動物のからだ.法政大学出版,東京.Romer, A. S. and  Parsons,  T. S. 1977. The Vertebrate Body Fifth Edition. Saunders, Philaderphia)

茂原信生 1983. 食虫類の分類の最近の傾向―ツパイの問題を中心にしてー.哺乳類科学 46: 31-47.

マカクザル(Macaca)




 マカクザルの鼓室は,全体的な印象として,ヒトとよく似ている。ただ,ヒトも含め哺乳類では,基本的に卵円孔(foramen ovale)は翼蝶形骨(alisphenoid)に存在しているが,この仲間では錐体(耳周骨つまり人体解剖でいう岩様部の半分)と接近し,多くの場合は後方の境が消失している。さらにヒトで確認される棘孔(foramen  spinosum)は,マカクでは卵円孔に取り込まれた形になっている(ちなみに,中硬膜動脈(middle meningeal  artery)が卵円孔を通過するのが一般的な哺乳類だと考えられる)。
 マカクで目に付く孔は錐体中央にある大きな孔で,これが頚動脈管(carotid canal)の入口である。真猿類では,アブミ動脈が消失し,内頚動脈と岬角動脈を合わせて「内頚動脈」と呼ぶ。頚動脈管はこの内頚動脈が通過する。  さらに,第二鼓膜のある蝸牛窓(fenestra cochlea)やアブミ骨底(base of stapes)がはまる前庭窓(fenestravestibuli)が見て取れる。顔面神経の存在が認識できる顔面神経管隆起(prominence of facial canal)がその横にある。また,鼓膜張筋半管(semicanal for tensor tympani muscle)および耳管半管(semicanal forauditory tube)(両方を合わせて筋耳管管(canalis musculotubarius)と呼ぶ)を見ることができる。錐体鼓室裂(petrotympanic fissure)は,鼓索神経(chorda tympani)がここを通過し,鼓室(tympanic)と岩骨の境となっている。


テン(Martes)



 耳骨胞の形成に関わる骨は,一般的にいって内鼓室骨(entotympanic)と称される骨であることが多い。テンも同じように内鼓室骨によって耳骨胞が形成される。図は左の耳骨胞を壊し,鼓室を露出させた写真である。アブミ骨(stapes)が前庭窓(fenestra vestibuli)にはまっているが,ツチ骨(malleus)とキヌタ骨(incus)は壊したときになくなったようである。
 マカクザルでは鼓膜張筋(tensor tympani muscle)の入る鼓膜張筋半管(semicanal for tensor tympani  muscle)は細長いイメージある(ヒトもそうである)。しかし,テンは比較的丸い凹みとなっている。テンでは,イヌなどとは異なり,内頚動脈孔が耳骨胞の内側に開いている。ここにいくつかの哺乳類で孔が認められるが,ときには下錐体静脈洞(inferior petrosal sinus)が出る孔の場合もある。