距骨の上行突起




 下腿の骨は脛骨(tibia)と腓骨(fibula)である。腓骨は外側の,脛骨は内側の骨となる。これらの骨の遠位(下位)に足根骨があり,哺乳類一般に,近位にある足根骨が距骨(人体解剖学ではtalus,比較解剖学ではastragalus)と踵骨(calcaneus)である。
 ただ,現生の哺乳類では,踵骨の載距突起(sutentaculum tali)が張り出し,距骨が載ったかたちとなっている。この特徴は有袋類・有胎盤類の段階以降で獲得されたようである(Kemp, 1982)。
 陸上の脊椎動物では,下腿の骨の遠位に脛側骨(tibiale),中間骨(intermedium),腓側骨(fibulare)のあるタイプが原始的な状態である。距骨は脛側骨と中間骨,そして4つある中央骨(centrale)の1つが融合した骨とされていたが,そう単純ではないようだ(Sumida, 1997)。
 ちなみに,有羊膜類に近いSeymouriaでは近位の足根骨が3個あるが,Diadectesでは”astrago-calcaneus”なる不思議な形態になっている(Sumida, 1997)。
 距骨と踵骨は,なかなかおもしろい骨で,多くの化石の研究者が注目している(哺乳類でこの骨に興味がある方は,まずはSzalay(1977)を参照)。これもちなみだが,四肢のあった化石鯨類の距骨が偶蹄類に見られる2重滑車を持っていたことも,クジラ類と偶蹄類を結びつける根拠の1つのとなっている(Rose, 2006)(もちろん,化石の話であるが)。
 さて,恐竜や鳥類の距骨・踵骨は,私たちの哺乳類と異なり,脛骨・腓骨と一体化する。とくに鳥類では,完全に融合してしまい,成鳥で境を見いだすことが難しい。恐竜の仲間やそれと近縁なLagosuchusなどでは,距骨からの突起が脛骨の前面を覆うようになる(Feduccia, 1996)。この突起は距骨の上行突起(ascending process ofastragalus)と呼ばれる。なお,Feduccia(1996)によると,すでにハックスリーがこの特徴に言及しているという。
 現生の鳥類は古顎類と新顎類に分けられる。ただ,そのほとんどが新顎類に分類され,古顎類はダチョウなどが含まれるに過ぎない。一般的にいって,古顎類は新顎類よりも”原始的”(この言葉が適切か否かわからないが)とされている。
 古顎類の上行突起は恐竜と同じような形状を示すが,新顎類では,上行突起と同じ位置に新たな骨要素(前脛骨骨(pretibial bone))が形成され,その後に踵骨と融合する(Feduccia, 1996)。新顎類の突起をBenton(2004)は新顎類の新たな形質と見なしている。
 成鳥では完全に癒合しているとはいえ,なんとなくその痕跡を見ることができる。図はすべて右の脛足根骨を前面から写したものである。Utahraptorでは脛骨の上行突起が明らかに確認できる。ダチョウでは距骨の上方に盛り上がった部分がある。これが上行突起に当たる。新顎類のコサギでは距骨から向かって右上方に走る隆起が認められる。前脛骨骨の痕跡だと考えられる。

Benton MJ 2004: Vertebrate Palaeontology Third Edition. Blackwell Publishing, Malden.

Kemp TS 1982: Mammal-like Reptiles and the Origin of Mammals. Academic Press, London.

Feduccia A 1996: The Origin and Evolution of Birds. Yale University Press, New Haven.

Rose KD 2006: The Beginning of the Age of Mammals. Johns Hopkins University Press Baltimore.

Sumida S. S. 1997: Locomotor features of taxa spanning the origin of amniotes. In Sumida  SS,  Martin KLM (eds): Aminote Origins, Academic Press, San Diego, pp 353-398.

Szalay FS 1977: Phylogenetic relationships and a classification of the eutherian mammals. In  Hecht MK, Goody PC, Hecht BM (eds): Major Patterns in Vertebrate Evolution. Plenum Press,  New York and London, pp. 315-374.